なぜ私たちは、
アナログを諦めないのか。
AIがあたりまえになった今でも、私たちは「全部をデジタルに」とは考えていません。
紙には紙の、手書きには手書きの、確かな強さがあるからです。
大事なのは、新しいものに古いものを譲り渡すことではなく、それぞれの得意を活かして役割を分けること。 その分け方を、私たちは毎日ていねいに引き直しています。
人にあらずは人間にあり。
人間にあらずは人にあり。
ひとりではできないことも、人と人が集まればできる。 道具や仕組みがどれだけ進んでも、最後に頼りになるのは「人」と、人が集まってできる「人間(じんかん=人と人のあいだ)」だと、私たちは考えています。 だからこそ、人を機械に置きかえるのではなく、人がいきいきと働ける場をつくることを出発点にしています。
くり返しと定型はAIに任せ、人は想像力と感受性のいる仕事に向かう。その分け方を毎日ていねいに引き直しながら、考える力と人を思う心が育つ現場をつくります。
AIに任せること
同じことのくり返し、決まった形の入力や転記、集計。——機械が得意なことは、機械に。人が消耗しなくていい部分です。
人に残すこと
どうするか決めること、段取りを組むこと、相手を思いやること。——想像力と感受性のいる仕事は、これからも人の手に残します。
AIは、人の仕事を奪う相手ではありません。
くり返しを肩代わりしてもらうほど、人は「考える」「思いやる」に時間を使えるようになります。
現場の衝突は、
どちらかが間違っているからではない。
紙を守りたい気持ちも、データにしたい気持ちも、どちらにも正当な理由があります。
だから、どちらかを「間違い」にしてはいけないのです。
現場の正義
手を止めずに、すばやく確実に書き残したい。慣れたやり方が、いちばんミスが少ない。——その通りです。
事務方の正義
あとから探せて、集計できて、共有できる形で残したい。転記のミスも減らしたい。——それも、その通りです。
デジタル化するのは、
人ではなく「間に入る仕組み」だけ。
現場の人も、事務方の人も、やり方は変えません。
あいだに立って橋渡しをする部分だけを、デジタルが受け持ちます。